2007年04月04日

初優勝、桜並木も祝福=常葉菊川ナインが凱旋−選抜高校野球

 最後の打者を内野ゴロに打ち取った瞬間、常葉菊川(静岡)のエース、田中健二朗投手(3年)はマウンドで高々と両腕を突き上げた。3日行われた第79回センバツ大会決勝。腰の故障で弱気になった時、そしてこの日のピンチでも支えになったのは、仲間や家族の励ましで芽生えたエースの自覚だった。「みんなのおかげでここまで来れた」。感謝の心で優勝旗をつかんだ。
 1年前、田中投手は腰椎(ようつい)分離症で苦しんでいた。歩くこともままならず、約2カ月間、練習に参加できなかった。チーム内の競争は激しい。「もう野球をやめたい」。孤独な時、父の好正さん(46)が励ましてくれた。「必ず治る。信じて我慢しろ」
 昨秋、本格的に練習復帰。プロ野球・中日ドラゴンズ元外野手、佐野心部長(40)の指導のもと、ひたすら「ど真ん中」に投げる練習を重ねた。だが、練習で少し肩が痛むと「投げられない」と弱音を吐いた。
 そんな時、ミーティングで、後輩たちに訴えかけられた。「投げられるのは田中さんしかいない」。それまでの弱さを恥じた。「自分がやるしかない」。エースの自覚が芽生えた。
 この日の決勝。二回に先発の戸狩聡希投手(2年)からマウンドを預かると声をかけた。「絶対に頑張るから、ちゃんと見ておけよ」。石岡諒哉捕手(3年)も好リードで導き、チームは八回、ついに逆転に成功した。
 九回表、2死二塁と一打同点のピンチを迎えた。「お前なら絶対に抑えられる」。マウンドに集まった仲間の励ましを胸に、エースは渾身(こんしん)の投球で押さえ込んだ。
 ようやく笑顔を浮かべた田中投手。苦労を見てきた相馬功亮主将(同)にも笑顔が広がった。「あいつはエースの投球を全国に見せた。みんな最高の仲間だ」【千葉修平、渋江千春、田辺一城】
 ◇野球部寮の元食事係の松下さん、涙ぐむ…常葉菊川高講堂
 「退職の年に全国一になってくれるなんて。子供たちから素晴らしいプレゼントをもらいました」。静岡県菊川市の常葉菊川高講堂で、生徒や市民ら約300人と一緒に最前列で大型テレビに見入っていた野球部寮の元食事係、松下利子さん(64)は涙ぐんで話した。
 松下さんと夫正巳さん(68)は24年間、寮の食事係を務め、3月末で退職したばかり。公式戦は球場に通い詰めた夫妻だが、正巳さんの体調不良で今回は1回戦だけ甲子園で応援した。選手らは4日に凱旋(がいせん)する。松下さん夫妻はあと2、3日寮に通い、「みんなが好きなカレーライスと空揚げを最後に作ってあげたい」とうれしそうに話した。
 菊川市役所1階ロビーでも、市民や職員約50人が大型テレビで観戦。優勝が決まると大きな拍手で祝福、玄関には「祝優勝」の看板が設置された。甲子園で応援した太田順一市長は「あきらめずに頑張った。素晴らしいチームになった」とコメントした。【舟津進】
 ◇優勝くす玉に笑顔 
 常葉菊川の選手を乗せたバスは午後5時ごろ、大阪府茨木市の宿舎に到着。激戦を制した選手たちは笑顔を浮かべ、リラックスした表情でバスから降りてきた。
 優勝旗を手にした相馬功亮主将(3年)を先頭に選手たちがホテル玄関に入ると、従業員や宿泊客らが「おめでとう」と拍手で迎えた。用意されたくす玉を相馬主将と森下知幸監督が割ると、「祝優勝 常葉学園菊川高等学校」と書かれた垂れ幕が下がった。
 花束を受け取った森下監督は「選手たちに引っぱられてきた。本当に優勝してすごいやつらだなと思います」と話した。【山田毅】







 第79回選抜高校野球大会で初優勝した常葉菊川高校ナインが4日午後、静岡県菊川市の同校に凱旋(がいせん)した。
 高台に立つ学校の手前でバスを降りた選手たちは、桜並木の坂道を登って行進。約1500人の市民や関係者が出迎えた。
 学校前で行われた優勝報告会では、エース田中健二朗投手が晴れ晴れした表情で「夏も甲子園に出場し、いい結果が残せるように頑張ります」とあいさつすると、ひときわ大きな歓声が起きた。
 決勝の大垣日大(岐阜)戦などを強気の打撃で勝ち抜いてつかんだ栄冠。佐野心野球部長も「超攻撃野球、真っ向勝負という新しい野球のスタイルを確立できた」と誇らしげだった。 


posted by マナ at 20:31| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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